| 大阪府立現代美術センター |
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ALTERNATIVES IN ART '98 - VARIANTS OF VISION
芸術をめぐる選択:「異なる視界」の予感
今日、情報網の末端に散在し浮遊する個人の営みは「高貴なるモナド(分
子)」のそれに似ている。豊かな孤独、情報の選択にまかされた現代人の生活。
それは、ひとりで着想を練り、造形を実現するための腕や手段に心を砕いてきた
芸術家の営みに近づき、これからのアートのあり方にも変化をもたらすのではな
いかと思われる。
実際、1960・70 年代あるいは 80 年代の生まれの人びとにとっての<現代美
術>とは何だろう。個性や創造性はもはや芸術の特権ではなく、ポスト・モダニ
ズムの喧噪を後にして、なおも<前衛>を語るのは陳腐なことだというのに。当
惑や恥じらいを覚えながら、期待や望みを捨てることなく追い求め、創り続けら
れる今どきのアートとは何だろうか。
画廊を訪ねては呆然とした僅かな経験から、私は以下のように結論してみた。
生きていることの証として「今どきのアート」を創り、語ることは、近現代にお
けるヒトの習俗でありそれが文化なのだ。ただ、これからは「前衛」としての<
現代美術>のみではなく、飽きることなく繰り返される「創造」、芸術をめぐる
人間の営みのあり方を作品の向こうに見つめ直すことが必要であろう、と。制作
者においても、鑑賞者においても、アートなるものを捉えるための「異なる視
点」が今、必要なのではないのだろうか。
そのような意味で、本展で紹介するアーティストにはどこか醒めた印象を与え
る若い世代の表現者たちに出展をお願いした。それぞれ異なった素材や技法、表
現形式に取り組みながらも、至高の芸術をめぐる陶酔や表現行為がはらむカタル
シスを忌避する点では共通の、今どきの不思議な作家たちである。作品紹介は三
上真理子氏の言葉で尽くされているが、彼らの表現の意味を何とかここで考えて
みよう。
□井沢以佐子は鉄をもちいて久しい。近年は、空間の内部を満たし支配するの
ではなく、むしろ、空虚を囲みとって何もない拡がりを強調する志向を示す。空
ろな鉄管は、無表情な配管と化す寸前で、その曲線や丸みと錆の質感のなかに微
笑を漂わせる。緻密な計測に基づきながらも、井沢は私たちがいる世界、空虚の
意味を捉えようとしている。
□石井理之はコンピュータ処理を加えた写真画像、鮮烈なカラーコピーの色彩
のうえにアクリルの筆をふるう。彼が捉えた対象は、花にせよ幾何立体にせよ、
人為の限りをつくした「色」で覆われる。鮮やかな色彩の彼方にある何かを、故
意に隠蔽する、または隠蔽せざるを得ないような作為。その「色」のふるまい
が、眼と心とに沁みる。
□岡本光博は若い才気に満ち、恐ろしく多様な題材を扱う。青い防水シートに
描いた、現代アジアの赤い金魚の群れ。海外における日本の視覚的イメージの収
集と解釈。彼は氾濫する視覚情報と<現代美術>のルールを検討し、意識的に再
利用する。這いめぐる赤と青の絵具の作品は、岡本の静脈と動脈であろうか。流
れ出る近代の「芸術家の血」を、彼はいま一度、再演している。
□東郷靖彦は、カンヴァスに油彩という絵画の形式を堅持する。百花繚乱の現
代、絵画制作は茨の道でもあるが、しかし彼はそこに危険な快楽を見出す。筆で
描く、色を染ませ、塗る。見よ、造形と色に苦心する隠された悦び。見よ、分析
しても仕方のない世界。東郷は、鮮烈に明るい色と自由な筆致のなかに、感覚的
な頽廃の匂いを漂わせることも辞さない。
□三浦務は、ジャーマン・コバルトの青に輝くガラス・タブローを手がける。
ガラスは建築、工芸に馴染み深い素材だが、彼の作品の多くは「見る」ことの営
みに対する問いかけとなる。神秘的な青色の奥に鏡面が潜み、ほのかな凸面や凹
面に歪んだ像を映し出すのだ。ただ無言のうちに見入らざるを得ない「私」とそ
の周辺。三浦は、鑑賞者のまなざしを作品のうちに取り込み、静かに差し出す。
□山崎暢子は、陶製タイルの機能やイメージを造形表現に転用する。衛生観念
がつきまとう、無機的な四角い白タイル全面を覆われたソファ、カーテン、タオ
ル、柔らかく冷たいそれらは、次第に機能や意味を失い、漫然と存在するだけの
形象に変わっていく。タイルが描く格子の、規則的で無限な広がりのなかに包み
とられた形象。それは、山崎が見つめている異質な「もの」の世界である。
以上、彼らの造形において着目したいのは高揚感のきわどい抑制とコントロー ルである。情熱が剥き出しにされることのない、共感や共鳴をことさらに誘おう としない造形。そこに漂うのは充足と飽和、熱気の果ての枯渇を予感している 1990 年代末の気分かもしれない。いずれにせよ、「<現代美術>の衰退様式」 などとは呼び難い何かが、予感されるのである。幸いにして私たちはもう、<現 代美術>の行方を暗黙に了解しているし、気にするでもないのだから。
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