入江比呂の家 一般公開

2000年 5月1日(月) 〜5月15日(月)
時間:A.M.11:00より日没まで
入場料:300円

前衛芸術家・故入江比呂氏(1907〜1992)が生前自宅兼アトリエとして過ごしていた家が、今回この家を管理している門田秀雄氏によって一般公開されることになりました。
生前のままに保存されている作家の生活空間や作品からは、今も なおエネルギーが満ち溢れ、氏のメッセージを伝え続けているようです。
緑と花 の季節の鎌倉、この機会に是非お立ち寄りください。

入江比呂の家
〒248-0027 鎌倉市笛田1022
tel.0467-31-0743 または 03-3766-4098

玄関前、竹林の通路に彫刻作品が佇む。
写真提供/BISES no.5春号2000

解ききれない入江比呂の仕事 より抜粋
門田秀雄

 入江比呂は普通の 美術家と同じように作品を造ったが、その作品の多くは、結果的にせよ、消失してい く運命に見舞われる。すでに東京美術学校彫塑科の学生の時、彼は今日殆ど誰の作品 も残っていないほど過酷な条件の下にあったプロレタリア美術運動に参加した。弾圧 がこの運動を圧殺したのち、反動と戦争の時期には、時局風刺の風変わりな粘土彫刻 を造り、写真を雑誌に載せた後自ら破壊したという。さらに敗戦直後、彼は戦後にお いて最も急進的な美術家集団「前衛美術会」の発足に加わる。大衆に依った政治革命 への加担と<芸術革命>の自立的追求を実践したこの運動は、瞠目すべき芸術的効果 をあげたのだが、作品の保存には冷淡であった。彼も例外ではなく、無傷で残るこの 時期の作品は殆ど無い。
 しかも彼は、運動の沈静化していく1960年代 以降も、彼が困難な芸術運動の中で見出していった独自な“アッサンブラージュ”( 寄せ集め)作品の多くを発表後に惜しげもなく庭に放置し、緩慢な風化に委ねてしま う。彼の場合、芸術や社会に対する批判や抵抗が常に芸術家の自己保存の本能を凌駕 するほどに強かったと思える。
 芸術を芸術によって攻撃し、否定すること。 また芸術を否定するほどに芸術と社会に対する対決であるかのような芸術を明快に差 し出し、そしてできるなら芸術否定の一層強いかたちを見出すこと。そのような制作 方法と態度を彼は「前衛美術会」の活動の中で探っていったに違いない。 そ れは彼の目指した「モダニズムの創造的克服」(入江比呂1950年)であり、「芸術の 革命」(同前)であったろう。不用製品の拾得物や破片を白セメントで固定するアッ サンブラージュはこうして造られていったと思える。
 ダダ由来の廃物利用、シ ュールリアリズムの非合理の構成、ピカソ絵画のフォルム分解とその戦闘的統一、プ ロレタリア美術のテーマ性と民衆志向というような20世紀芸術のさまざまな方法と問 題意識とがそのために引き入れられ、独特に統合されている。そしてそれらの多様で 極めて独自な統合のかたちが彼の作品の際立った個性となっている。
 入江比呂 はこの国において芸術の前衛であることの真の困難さに明るく耐えた芸術家であった 。人間社会の開放の理念と20世紀芸術の革新的精神を85歳の生涯を通して生ききった 強靱さとその仕事の闊達な趣は、日本の近・現代の美術史の中でも希有であり、作品 は消滅しても彼の貫徹した戦いと世界は容易に消えることは無いと思う。(1993.4)

(左)庭に置かれた彫刻作品(右)居間より庭を眺める。 写真提供/BISES no.5春号2000
※入江比呂の家は、「ビズ」もっと緑と暮らそうよ no.5 春号2000(発売中)で 紹介されました。


入江比呂 略年譜
1907年 福岡県若松市内の裕福な石炭商の長男に生まれる。
1927年 東京 美術学校彫塑科入学。実家が破産するも実家に戻らず、以後寄宿などして困難な学生 生活を送る。
1930年 11月、佐田四郎のペンネームで第三回プロレタリア美術大 展覧会に出品。以後第五回(最終回)まで出品。
1934年 日本プロレタリア美術 家同盟(ヤップ)解散。文学者、美術家による社会風刺グループに参加。帝展反対の ビラまきを行う。
1945年 6月、徴兵される。8月、敗戦。秋、「美術文化協会」 の会員となる。
1946年 4月、「日本美術会」結成に常任委員として参加。5月、美術家の戦争協力問題等 で「美術文化協会」は分裂、入江比呂は大塚睦、山下菊二、井手則雄、尾藤豊、高山 良策らと「前衛美術会」を結成。
1948年 東京都練馬区大泉第二中学校に美術担 当教諭として就職。
1960年 60年安保闘争に参加。
1964年 退職。鎌倉市笛 田に転居。以後この居宅と庭がアッサンブラージュ作品の制作と放置のベースとなる 。
1970年 「前衛美術会」は「齣展」と改称される。以後入江比呂は1991年の第 22回まで毎年出品。
1971年 自宅の庭で作品展。(最初の個展)
1979年 前 年の腹膜炎手術後、体調低下。神経痛悪化のため歩行が困難となる。
1989年 「 池袋アトリエ村界隈の作家たち」(板橋区立美術館)「美術の国の人形たち」(宮城 県美術館)出品。
1991年 「〈物体詩〉-思考するオブジェからGOMI・ARTへ-」 (板橋区立美術館)出品。絶作「ベトナムの犬」「四ツ目」制作。
1992年 9月21日脳内出血による急性心不全のため永眠。享年85歳。

遺作展など
1993年 「入江比呂氏の遺作展示」(齣展第24回/東京都美術館)
1994年 「KARADAがARTになるとき」[物質になった器官と身体](板橋区立美術館)
1995年 「入江比呂全貌展」(ストライプハウス美術館)
1996年 「CREATIVE in HODOGAYA」[ジャズ、舞踏、彫刻の即興ステージ](かながわアートホール)
     「女性の肖像」[日本現代美術の顔](渋谷区立松涛美術館)
1998年 「戦後日本のリアリズム1945-1960」(名古屋市美術館)    
     「敗戦後の前衛」[アヴァンチェリエたちからのメッセージ](アートギャラリー環)
1999年 「入江比呂展」(すどう美術館・ギャラリー川船)

MAP
交通のご案内
●JR東海道線/横須賀線/京浜東北線、大船駅より湘南モノレール「湘南深 沢駅」下車、徒歩15分
●JR鎌倉駅より江の電バス藤沢行き「深沢」下車、徒歩10 分
●JR藤沢駅より江の電バス鎌倉行き「深沢」下車、徒歩10分

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