この写真展は本年度CASの運営に携わっていただいたサポーターの方々に出品を御願いしたものです。個々人の方にとっての「これぞ私の20世紀」という写真を出品していただきます。 20世紀はあと1年ありますが、数字の上で1900年代は終ります。CASもオープンからようやく1年。この1年を振り返るとともに、私たちの20世紀も総括してみようという試みです。
写真は私たちの視覚と同質化されることにより、普遍性を持ったイメージとして流通の対象となりました。 写真は歴史の証人として残されたり、個人の表現として残されたり、また記録や記憶の補助として様々な役割を担っています。 しかし、その様々な役割は明確に区別されることはあまり無く、個人や匿名の切り取られた視覚として、日々気が遠くなる量の写真が生み出されています。それは画家や写真家など表現を職業とする人々も例外ではありません。たとえば写真家であっても、作品として撮影した写真と単なるスナップとして撮影したものとをどこまで意識的に区別することができるのでしょうか? それらの写真は撮影の意図とは別に選別され解釈されます。あるものは残され、あるものは捨てられ、そしてあるものは写真の山の中に埋没したまま忘れ去られます。それらの現象は作家であるなしに共通して現れるという、表現物としての特異性を持っています。
この試みは、写真というメディアを改めて確認し、記憶から記録へ、無意識から意識へと置き換える位相を求めるものです。