対談「造ること、観ること」

対談/奥村泰彦(和歌山県立近代美術館学芸員)× 笹岡敬(美術家・CAS代表)
会場からの討論参加者/田上賀世子(GALLERY TAF)・中前寛文(美術家)
司会/福岡彩子
1998年11月14日(土) CAS外観
1998年大阪に設立されたオールタナティブ・アート・スペースCASで開催された講演会記録を収録する。 CASは、ボランティア・スタッフによって運営される非営利組織。 設立第一回目の催しとなった本対談では、現代美術・美術館・画廊をめぐるさまざまな話題とともに、 有志による非営利スペースのあり方・展望も話題となった。 なお、本記録もボランティア・スタッフによってまとめられた。
CAS Contemporary Art and Spirits

制度としての美術館

講演会風景 福岡:それでは始めたいと思います。まずは、奥村さんの方から観せる側という立場からお話を伺いたいと思います。

奥村:奥村です。私は和歌山県立近代美術館で学芸員というものをやっていまして、 最初にお声がかかったときには、笹岡さんと一緒に展示することというテーマで大まかに話をしようかと言っていたわけですけれども、「造ること観ること」というタイトルに即してお話しすると、美術館の学芸員は観る方の専門家であって、自分で作品を造ったりということは仕事の中ではないわけなんです。 自分が作品を観て歩くのと、その作品からいろいろ美術史なり芸術論なりを考えて、 その考えたことを展覧会という形でお見せするという作業をやっているわけです。 自分が作品を観て歩くのと、その作品からいろいろ、美術史なり芸術論なりを考えてその考えたことを展覧会という形でお見せするという、作業をやっているわけです。

福岡:そういうことをする、美術館の役割ってどういうものなんでしょう

奥村:わたしも、美術館という場所に就職して学芸員として働くようになるまでは、正直なところ、美術館というものが何であるかということについてそんなに深くは考えていなかったです。
 美術館というのは、建物ががっちりあって、中で展覧会をしっかりやっていってというような、非常に出来上がって確立している、システムとしても体制としても出来上がって運営されてされているもののように、美術館の外の人からは見えるのではないでしょうか。
 しかし、実際に中で働き始めると実はそうではない。あってあたりまえ、あるいは、美術館というのは建物があって作品があって次々展覧会をやっていくのが当たり前というのが、どれほど本当は当たり前のことなのか。 どれだけ当たり前のこととして世間に認められているのだろうか。

笹岡:いきなり本質的な話だね。(笑)

奥村:みたいなことを今日は話しましょう。(笑)


アーティスト・イン・レジデンスで経験したこと

福岡:笹岡さんは造る側として、美術館や、その他のところでも出展されていますね。

笹岡:今日はアーティスト・イン・レジデンスの話をちょっとしたいのですが。
 オランダで『ヘット・アポロハウス』(注)っていうオランダでは老舗のオルタナティブスペースがあって、そこと日本のギャラリーサージとの共同の企画で、オランダの作家と日本の作家の交換交流展をやろうという企画がありました。そこで最初にオランダに行って、そこで長い人でひと月くらいむこうで制作しまして。『アポロハウス』の場合は200平米くらいのギャラリースペースがあって、その横にお風呂もあり、客室もあり、そこで作家が寝泊まりする。僕たちの場合は交換交流展で人数が多かったので、そこに寝泊まりするわけにはいかなかったんですが。そこから歩いて三分くらいのところに幼稚園があって、そのの半分を借り切って宿泊所にしている。残りの半分では昼間、幼稚園をやっていて、こっちのもう半分では夜、酒盛りやってるっていう(笑)コントラストある状態でしたね。そのときはメセナで『シェーレンス・テキスタイル工場』っていう今は使われていない工場を借りて、そこを全部会場にしてという展覧会に参加してきたという経験がありました。

福岡:そういうのって、美術館で展覧会をするのと何か違いがありますか?

笹岡:ふだん日本で美術館であるいは画廊で展覧会活動はやっていましたけども、そんなときと何か違うなあと。 別に日本でやるときも、自分の表現としてものを造って、キュレーターが評論を書いてくれて、新聞記事なんかに載って、良かった悪かったと反応があります。向こうでもそれは同じように行われているんですけども何か違うと思ったんです。
 それは一体何が違ったのかと数年間思い続けたことが、今やろうとしているCASというものに繋がっていくと思うんですね。


アートを支える人々

福岡:もう少し何が違うかっていう話を・・・。

笹岡:そこで、寝泊まりしてやってるんですけども、いろんなボランティアの人たちがいるんですよ。例えば、近所に住んでるおばちゃんが、毎朝僕たちのご飯をつくってくれるんです。実際工場に行って、作業をして疲れて帰ってくると、ベッドの枕元にリンゴが置いてあったりしてくれてそれが嬉しいわけですよ。あるいは、向こうで展覧会が始まって新聞なんかに載ると自分のことのように一緒になって喜んでくれるんです。それはつまり、僕たちが制作するというプロセスに対して、いちいち共有してくれるんです。僕たちが活動して行くときのエネルギーになってゆく。それは大きな違いで、日本では経験したことがない。それはそれなりに、日本でももちろん美術館の方なんかがいろんな事をやってくれるんですけども、それとはやっぱり違う。

福岡:彼らは、笹岡さんなんかをアーティストとして認識してるわけですよね。美術に関わる人でない人たちがそうやってサポートしてくれている。しようという意識があるわけですね。

笹岡:たくさんいろんな人が、いろんな立場で手伝ってくれる。典型的なのは、設営を手伝ってくれる人がいたんですけども、その人の、ものをつくるテクニックはとにかくすごいんですよ。壁に20センチぐらいの穴開けてって言ったら、スパッと簡単に綺麗な穴を開けてくれたり、電気配線から何からやってしまう、僕らが唖然として何もすることがないくらい何でもできてしまう人なんです。で、よく聞くと、その人は元アーティストなんです。彼はアーティストになりたかったけどもなれなかった。なれないけども、こうやって作品をつくるのを手伝うのは嬉しいし、共感できる。 そしてもう一つ言うには、君たちアーティストは選ばれている存在なんだから、そうであることに責任を持たなければならないって言うんです。それらのことで、日本に於けるアーティストの認められ方と、ヨーロッパに於ける捉え方がずいぶん違なぁと思ったんですね。


日本におけるアーティストの地位

福岡:海外と日本とではアーティストの地位が違うという話がありましたが・・・

奥村さん 奥村:これは明治以来、芸術家をめざそうという人が100年に渡り、常に愚痴り続けてきたことですね(笑)。
 うちの美術館では笹岡さんにも参加してもらったこともありますが、いま現存の現代美術作家を取り上げようということで、作家と一緒にああやこうや言いながら展覧会してるわけです。 そんなとき思うのが、やっぱり、欧米でアーティストというと通りがいいんですが、日本では何やそれっていう感じがある
今年(1998年)の12月からフランスの現代美術の展覧会をするので、昨年、和歌山で作家の滞日制作というのをやりました。欧米から作家が来てそこで作品を造っていこうとすると、海外と日本との風当たりの違いはあるようですね。

福岡:でも、現代美術を見る目はどんどん上がってきているような気がしますし、昔に比べて、いまは現代美術の展覧会にもたくさんの人が来ています。そこで、美術館は作家の地位を上げていくためにどうすれば良いんでしょう?


美術は日常から遠い存在に

奥村:地位ねぇ。現代美術に限らないでしょうけども、アーティストとかものを造る人の存在が日常から遠い存在のように思える。それは、浮き世離れしているという言葉がありますけども、芸術家というのは浮き世離れした存在で、浮き世離れした生活様式がある意味で定着しているのが問題だと思うのです。
 それから展示とか美術館ということを考えてみるんですけれども。いわば、美術作品のある場所の問題ですね。どこで作品に会うか。
自分の過去の生活経験を思い起こしてみると、美術館があってそこに作品を観に行く、画廊に作品が展示してあって、それを観に行くと言うことはあります。いっぽう、私の家なんかだと、玄関先に花が活けてあってそこに絵を飾っていて、床の間には色紙額くらいがあって、季節毎に母親が入れ替えしてる。 そういう生活があたりまえであるなかで、現代美術は特殊な環境で観るものになっている。ものを分けて考えるのは好きでないけども、分けずにいられないような状況ができてしまう。 あたりまえの生活の中で存在しているということでないと、どうしても身につかない、特殊なところでやっているものになってしまう気がするんですね。


アウトリーチ ―美術館の模索

福岡:美術館に足をはこんできた人は基本的には興味があって足を運んできた人たちですよね。観る側の意識は高まってきていると思うんです。では、美術館の仕事は作品を通して人々の感情などに訴えて美術についての関心を深めてもらうことだと思うんですけども。どういうことをしていらっしゃるんでしょうか?

奥村:う〜ん。つらいなあ。いい展覧会をするように日々心がけるしかないなあと思うんですけども・・。

福岡:展覧会だけじゃなく講演会やワークショップをやってみたりいろいろな試みをされてますよね。

奥村:私の勤めているところではあんまりやっていないんですけど(笑)。これからやらねばならない。そのような活動については、教育普及と呼ばれたり、美術館教育と呼ばれたり、最近ではアウトリーチと呼ばれたりしています。それも一方的なのではなくて柔らかい、イ ンタラクティブな関係の中で造っていくような講演会を造っていこうという動きが最近でてきています。
 それは、一面ではただの流行と言われても仕方がないところがありますが、そうは言い切れない。むしろ美術館というものがシステムとして確立しているということ自体が幻想なのではないか、ということを顕している一つのできごとなのではないか と思います。

笹岡:そういうワークショップとかギャラリートークとかってありますよね、僕も美術館でそういう風に頼まれることが多くて、作家も芸を覚えないとやっていけない時代になってきたと思ってるんです(笑)。
それは美術館より上の組織、例えば文部省なんかから、そういうことをしていきましょうとか、逆に助成して下さいっていうことなんかあるんですか?

奥村:いまのところ公式にはないですが、やり始めるようです。ボランティアで作品解説をして行くシステムに対して、助成をする、要するにお金をくれるという事になるんですけども、その構想はあるようです。

美術館を出て

福岡:さきほど笹岡さんはオルタナティブ・スペースのことを話されたのですが。

笹岡:また良く似ている話になるんですが。
 ここの壁にいまいろんな写真が貼ってあるのは僕らが去年、日本の作家十数名でチェコはプラシでのアーティストインレジデンスに参加した時の写真です。プラハから、100キロほど電車で行ったところで、すごい田舎なんです。何にも無いですけどビールだけは美味しい。そこに長い人は二ヶ月くらい滞在して、そこで材料を調達して場所確保から始まりまして制作・発表して帰ってくる。そこに僕は三週間ほど居てということを経験しました。

福岡:オランダと同じような。

笹岡:アポロハウスの場合とちょっと違うのはチェコでのアーティスト・イン・レジデンス(注1)のキュレーションをしているミロシュっていう人は、実はプラハ・ナショナル・ギャラリー、国立美術館ですね、そのキュレーターをやっている人なんですよ。 彼は奥村さんと同じように美術館にちゃんと場を持っていて、まあ、ホワイト・ボックスですよね。展覧会をやっている。でも、その一方でこういう世界各国から人を集めてアーティスト・イン・レジデンスを毎年やっているんです。彼が言うには、圧倒的に力がある空間に作品を置くことには、美術館でやることとはまた違う意味があるんだということでした。

教会跡  例えば、一番奥の写真は教会の一室で、かつて食堂にされていたところですけども、高さ、幅、奥行きともに20m位のところで、天井まで十字架があった跡がある。 その十字架はどこに行ったのかというとそれは大英博物館にあるらしいんです。エジプトのミイラといい何でも持っていく奴らやなぁ、って思ったんですけども。 ・・・とにかく、日本では経験できないほどのある意味では過酷な状況で作品を制作して観せることを強いられる。その時に、建物の持っている歴史性だとかいろんな時代の跡みたいなものに対して、自分が一体何をするのか、例えば、十字架が英国に奪い取られて、そこにそういう生々しい歴史の跡がどんと残っている中で、ちまっと何かやらないといけないわけです。
 そうなると、作品が良いかどうかではなくて、その場所で自分がちまっと何かやるっていうのはどういうことなのか、ということを考えなくてはならないことになります。そのことが、画廊や美術館での発表なんかと比べたら、ずいぶん経験が違うんですよ。歴史の1場面にたたされるわけですよね。それは一体どういうことか自問しなくてはならなくなる。それらの事はなんらかの使命として、彼らが僕たちに期待していることなのでしょうが、それがどうも、良い作品を残すということでもなさそうなわけです。


アーティストは伝道師

福岡:期待されているものが作品じゃない?

笹岡:僕たちの滞在していた場所は、現在は使われていない修道院で、『ハーミット』(注2)ってうのは隠者っていう意味らしいんですけど。ミロシュ氏が言うには、芸術家っていうのはメッセンジャーだっていうんですよ。
 一つの典型的な例を話します。日本を出るときから、「こちらへ来ると忙しいよと、いろんな行事があるから。とくにシンポジウムもあるし」と言われていて。着いてからも、シンポジウムがあったらどうするんだろう。言葉とかが大変だなあって思いながら制作していたんです。でも、いつまでたってもシンポジウムがないんですよね。 パフォーマンスとか、演奏会だとか、展覧会だけではなくていろいろと行事はあった。でもまだシンポジウムはないんです。そこで、聞いてみたんです「いつシンポジウムがあるんだ?」。そうすると、ミロシュが「もうやってる」って言うんです。
 彼が言うにはシンポジウムというのは、アーティスト同士がビール飲みながらぐちゃぐちゃ話している、これがシンポジウムなんだと。 日本に帰ってきて調べてみると、symposiumという言葉は古代ギリシャ語が語源で「酒宴・宴会」という意味がある。 そうやって、いろんなアーティストがやってきて、そこで出会って情報交換したことを、また散っていって自分の国に帰ってまた伝える。だからメッセンジャーなのだと。
 そういう風に考えていくと、そこで作品を作ってのどうのこうのというのはあまり重要じゃないという気持ちになってきた。今まで、僕らが思ってきた展覧会の概念とずいぶん違うな、と思ったわけですよ。

福岡:そこで話し合う内容っていうのは、美術のことだったりというよりも日常的なことだったりですか?

笹岡:いやもうそれは色々ですよね。そこに来ていた作家というのは、もちろんアメリカや西欧の作家もいます。 そのなかでも面白かったのはボスニアの作家とか僕たちの全然知らない国の現代美術の作家とかが来てるんです。彼らと話していて、盛り上がって「今度、僕たちの国で展覧会やろう!」っていわれて、「えっ、美術館とかギャラリーとかってあるの?」と思わず訊いてしまった。ボスニアは内戦でたいへんなんじゃないかと。そしたら、「うん、美術館もギャラリーもたくさんある。でも壁がない。だから君たちは彫刻を作るんだ。」ってね。
 そうやって話すとそれはそれでリアリティーのある話なんだけど、でもボスニアのイメージとしては内戦の国というのがあるだけで、それじゃあそこでアーティストたちはどうやって作品作ってるんだろうとか、どういう立場で、どうやって発表してるんだろうということは考えたこともない。そういうところを含めて、アートには僕たちがなんとなく思っていたこととは別の役割があるんではないか。そう、考えが変わってきたことなんです。
 そこで、このスペース(CAS)をということなんですけどね。


CASはコミュニケーションのシステム

福岡:それがCASになったという辺りについてもう少しお話ししていただけたらいいんですけど。

改装も手作りで 笹岡:どういう風にしゃべって良いかわからないんですけど。最近、ここのスペースのことを準備していると・・・あっちこっちで噂も色々あるんですが、いろんな画廊で知り合いに会うと「笹岡さん、スペース持つんだって?画廊やるんだって?」って言われる。理解しにくいことかも知れないけど、僕は画廊やるつもりも、スペースを持つつもりもないんです。変な言い方ですが。
 そういうと、みんな、「えっ。展覧会せえへんの?展覧会するんちゃうのん?」と具体的なことを聞き始めるんですね。
 ところが、僕が考えてるのは、コミュニケーションのシステムを作りたいということなんですね。言い過ぎかもしれませんが展覧会はどっちでも良い。さきほどから僕の話していた例よりはもっと小さいレベルの話ですが、私たちが美術に関わることに対して、もう一度自分の問題として考えてみようじゃないかと。つまり、観る人は観るで、造る人は造るで、観せる人は観せるでかまわない。けども、それを各自の立場で各々の問題として等身大で考えてみようかと。本当に自分は美術を観ることをしているのか、造ることをしているのか、もういっぺん考えてみようじゃないかと考えたわけです。

福岡:けっこう難しい話ですね。


いまあると思っている美術というのは?

笹岡:いままでの、ヨーロッパから来ているアートシーンっていうものが、当然、美術館を中心としたヒエラルキーの問題があって、そのうえでマーケットの問題も同時にある。どうも核心にはいってきたな・・(笑)。そこで、美術は当然そこにあるものだとして関わっている。つまり、自分が何かやらなくても、例えば僕がいなくても、そこには美術っていう世界がある、と思っている。
 でもホントにあるの?では、あなたがあると思っている美術というのは一体何なのか?それをCASで問えないか、と思っています。はじめはそこまで深刻には考えてなかったんだけども、やり始めたら深みにはまっていって・・(笑)。

福岡:ええ、ドンドン深みの話を。


日本の近代における「美術」とは

笹岡: 日本に於ける近代って、どういう風に了解されてきたか。まさに、美術っていうのは明治とともに、明治五年に生まれた言葉で、一番最初に美術っていう言葉が翻訳されたときの美術は何かというと、絵だとか音楽とか詩とか、今の芸術っていう意味だったわけです。芸術と同義語として美術っていう言葉が入ってきた。その美術って言う言葉が輸入されたときに、ウィーン万国博(注3)に出すためだったんですが、向こうでアートって言ってるものをみんなで「美術ってなんや?」って考えなくてはならなかった。多分その当時の日本人にとって、絵画や音楽や詩を一緒に考える、同じジャンルにあると考えることには相当無理があったと思うんです。その中で、「なんかしらんけどヨーロッパの人がこう言ってるからこれが美術なんや、自分とこのそれが美術やいわんかったら仲間入りできんで。」と思って美術ができた。その誕生からして不幸だったとしか言いようがない。
 で、そういうものが美術だという事になった。美術っていう言葉が翻訳された年と博物館ができた年はたぶん同じだったけども、それもそうやって、ヨーロッパ人のいう美術っていうものをどんどん具現していった。美術館を作り、美大を作って広げていった。
 美術館に対して巷でよく言われてるのは、入れ物だけはよくできていて中身は何も無い。そうやって言われているけども、それは美術館が悪いっていうわけではなくて、そういう風にしか美術を見ることができない日本人に原因があるのではないか。そういう美術の状況って日本人にとって明治以来何も変わってないんじゃないか。いまだに美術は西洋に対して関わるための方便なり、日本人がヨーロッパ人の顔をするための贅沢品であると。

奥村:対等につきあうためにネクタイ締めるみたいなもんで、

笹岡:お姉ちゃんがルイヴィトンの鞄持ったら、なんかオシャレな風に見えると信じているのと同じものがある。美術館の中身が問題ではなくて、美術という記号が問題視されている。だから美術館がいっぱい建つ。


美術館が建ったもうひとつの理由

奥村:鹿鳴館を建ててダンスをやることで、西欧の列強に認められようとした、それと同じ文脈で美術というものの考え方が作られてきたところがあります。ただ、ここ何十年かに美術館がたくさん建ったのは、また別の問題があって。
 税金集めて、さあ戻しましょう。お金っていうのは回っていかないといけないという経済の論理があるわけですよね。 すると地方自治体は公共事業っていう形で、土木事業にお金を出して、道を作る、土地を造成する、そしてまた人が来る、工場が来る、 交通が増える。それで経済が活気付いて税金が集まって、また公共事業をやるという形を進めたわけですね。 道路もあらかた作って、鉄道もいっぱい作った。作りすぎて赤字になってきて。 じゃあ次はどうするねんというときに出てきた大義名分が、文化や、文化やりましょう。文化は何をやろうか、じゃあ音楽ホールを建てよう、そうすれば人が来る。 と思ったけど、最近は空っぽの使われない音楽ホール建ててどうしてるねんってよく言われてる。それでも、建てたときはそれでよかった。建てて、お金が回っていくぶんにはよかった。 ところが、じゃあ美術館を建てましょうときたら、どんな問題があったか? 博物館法という問題があった。博物館法によると学芸員いうのを置かないといけないと書いてある。「なんじゃこれは!?建てとくだけでええんと違うん?」建てるときの論理からしたら別に中身なんて要らんのです。建築してお金が回ってそれでいいはずだった。 ところが、学芸員を置かないといけない。で、私みたいなのがいて「展覧会やらして下さい」とか言うわけですよ。 お金出す方にしたら「なんでやねんっ」てなもん です。それで、「作品買わなあかん」て言ったら、「そんなんええやん。建てたから終わりや」と建てた方からしたら言いたい。そんな調子でやってきてる面が少なからずあります。まあ、極端な言い方をしてますが。
 システムとして「美術館」「作家」「作品」そして「学芸員」 という存在のそれぞれが、自発的、自律的にできあがってきたものではなくて、いわば外から形作られたものである。 そのことを敢えてかどうか、意識しないまま美術館が建てられ、作家が活動している。

福岡:そういう歴史があって、そのレールの上にみんなが関わってきてる。一人ひとりが乗ってきてるわけですよね、みんな。いわば共同責任があるわけですよね。

奥村:意識せず乗ってる。

笹岡:それはどうも美術館が悪いわけではなくて、作家が悪いのでもなくて、共同責任だと思ってるんですよ、僕は。


美術館のエージェンシー化

奥村:そこで、この前から話題になっているように、国立の美術館・博物館が国立でなくなりそうだという。国立でなくなって何になるかというと、日本版エージェンシーというものに移行する。お手本はイギリスです。イギリスでは国立の美術館博物館というのは無料で開放していて、イギリスに行けばだれでも何でも見られた。それが大財政改革をしたときに、独立採算になって、大英博物館も今までであれば只ではいっていたんですけども、これからそうでなくなる。まだ博物館自体はがんばってますがいつまで続くか・・。
 大英博物館なんかは、さっき十字架を持っていったという話もありましたが(笑)、近くの公園で野宿して立派な勉強をしてえらい学者になったという伝説は南方熊楠(みなかた=くまぐす)(注4)あり、コリン=ウィルソン(注5)あり。でも有料化されてしまうとそんな伝説が生まれる余地も全くなくなってしまう。
 イギリスでいうと、エージェンシー化されたときに抵抗しているところは、入り口の入ったところにカンパ箱がありまして、最低2ポンド入れて下さいっていうのがある。それが大英博物館とかテートギャラリーとか。
 エージェンシー化されたときに、絶対に立ち行かないからというので有料化したのがV&Aです。いきなり5ポンド払わないと入れない。その代わり拡大再生産でやって行ってるんですね。だからかどうか、いまイギリスは美術館建設ブームです。V&Aも新築しますし、テートギャラリーも新築します。そういう、目新しさで大きくして収入をえて、大きくして収入をえてという、経済の理論は経済の理論でやっていかないとやっていけない。
 結局日本はそれのまねをして、国立の美術館の運営を国営から手放して、日本版エージェンシーという、実際まだ実体がよくわからない組織にする。たぶん、第三セクターになるんでしょうけど。もともとの財産と、一部の出資を元に財団が利益をえて収支決算を出してやっていく。でも果たしてそれが立ち行くかどうか。どこもかしこも。

福岡:いまそうやって、リスクを負いながら仕事を進めていくというのは、仕事としては当たり前のことなんですが、今の日本の美術の世界の中では起こっていないことが多いですよね。

奥村:国がやったら地方も後追いをするでしょう。そうすると、公立の美術館っていうのは第三セクター化、財団化が進んで行くだろうといわれていまして、そうなって、経営しなさいといわれながら観せることによって収入をえて、それで次の観せることを作って回して行きなさいということになると、実績からいうと、うちがそうなると、無理です。(笑)

笹岡:日本の美術館は作品売れないしね。

奥村:作品売らんとあかんようになる。

笹岡:欧米の美術館は売買してるけどね。作品を食いつぶして現代美術・・・(笑)

奥村:作品を食いつぶして現代美術をやって行く。シャレにならんね。(爆)


公立美術館の限界

福岡:今日はギャラリストの方も来ているんですが、田上さん、今の話を伺ってどうでしょうか?

田上さん 田上:公立の美術館が運営をしていけないというのは、公立美術館において学芸員にそいう仕事、つまり能力を必要とされていないということがあるんじゃないでしょうか。 いわゆる学芸員っていうのは職員ですから、国から年間おりてきた予算をどれだけまんべんなく使うかという仕事をしているわけでしょ、 運営能力のある人材が不足しているからエージェンシー化っていうことになったときに、運営がしんどいっていうのは当然だと思うんですよ。
 エージェンシー化の話は何年も前から一般にも知られるようになってから随分経つのにも関わらず一向に美術館は変わっていかない。 ほんとうにしんどいと感じているなら、なぜ考えないんでしょうか? 例えばコマーシャルギャラリーとかとのネットワークによって運営力の面の検討が多少なりともエージェンシー化に向けて行われる気配が見えてきてもいいはずなのに。 そういう点で美術館て社会性が希薄というか、本質的な美術の現場としての責任って果たせているんでしょうか?
 一番最初に笹岡さんがおっしゃったような、作家・アーティストとしての意識というか責任を問うていく場が極端に少ない。 ホントにその意識を深めていける場所っていう意味で美術館の役割は大きいと思いますが…美術館へ作品を観に行った人が、よくまー我々の税金でこんな作品買ったなー!みたいなクレームが付くらいならまだ可能性があると思うんですけれども、更に入場料まで取られて、なんかありがたいものを観ちゃったような気になっていることって多々あるようです。 作家の中にも美術館に作品が入ればとにかく良かったって気持ちになって、ヒエラルキーにあぐらをかいている姿がそこにありありと見えません?
 個人的にはすごい企画力持った学芸員が日本中にいらっしゃるわけですから、本当は人材不足ではなくてやはり、仕事として必要とされていないし、 鍛えられるチャンスに恵まれていないんだと思います。 そういう学芸員にとっては観客や作家の反応に物足りなさや腹立たしさを感じているんですよね、実際は、でも公立の機関との板ばさみにあっている意識が強くなってしまうばかり、そういうのってグチになって表現されてしまうと残念です。
 美術館にあるものは正しいという幻想ではなく、 各美術館の視点やコンセプトが問われなくては…。 楽観的ですけどエージェンシー化によって、そこのところ、本質的な価値観が変わるきっかけが見つかるかも知れないですよ、それから作家と学芸員という妙にフレンドリーな関係も徐々に解消できるといいですね、 これから美術館には期待させて欲しいですんですけど。


「自己の意志」がCAS精神

福岡:CASでは、その辺りをどう観せるんでしょう?

笹岡:観せるというよりも、みんなに責任を問うていく。

福岡:具体的方法としてのアプローチは?

笹岡: 非営利。ボランティアで、自己の意志でやるっていうことです。作品買うっていうのは悪い事じゃないですけども、それは交換じゃないですか。
 椹木野衣(注6)が書いてたけども、お金っていうのは絵なんだと。絵が描いてある、あれは絵ですよね。つまり、赤瀬川原平の事件(注7)って有名ですけど、彼は絵を描いて捕まったんですよ。でしょ、そうやって、絵の価値というのは常に経済価値と共犯関係にある。
 社会制度のあり方は美術のあり方とも関わっていて、それは作品を買うということは、自分の持っているほかの絵としての貨幣と交換するっていうことなんです。それだと責任をとってないじゃないですか。自分の持っている絵(貨幣)を差し出すだけだったらあくまでも等価なんだから。ではなくって絵という価値とは異なる、作品とは違う何かを責任として引き受けなければならない。詐欺師のような言い方をしてしまったけども。(笑)

福岡:ちょっとわかりにくい・・・?


金の問題は一旦棚上げに

笹岡さん 笹岡:お金が絡むと、色んな「しがらみ」がでてくるでしょう。それは、作品を評価したり、人を評価したりするときに邪魔なケースの方が多いんです。たとえばここで奥村さんとケンカして和歌山近美のコレクションに入れてもらえないと思うと言葉を飲んでしまうとかね。(笑)それは冗談ですが。そういうことだけではないけども、そういう問題がでてくるのを一旦棚上げにしよう。まあ、お金の問題はあるけどもないことにして、それ以外のことのなかで、自分たちが何ができるのかっていうことで、考えていけないだろうか。
 実際は日本の美術でお金の問題を棚上げしないで、自分たちの問題としてできているかというとできていない。本当はみんなお金のことを棚上げしながらやっているのに、棚上げしていないつもりで、ヨーロッパに於けるアートシーンが日本にも同じようにあるつもりでやっているわけです。実は、そこが核心的なんですけど、今の日本に於ける美術の問題じゃないか?僕が商売が上手ければ、「それじゃあ、アートシーンを作ってやろう」と思うかもしれませんけどね。

福岡:奥村さんもここCASでキュレーションされるんですよね。美術館で企画されるのとはまた違ったものになるんでしょうか?

奥村:いや、私は原則的に職場以外で展覧会の企画を手伝うようなことはすまいと思ってまして、いままで頼まれてもずっとお断りしていて。何故か今回お受けしましたけど。

福岡:それはCASの精神が賛同できたからでしょうか?

奥村:いや、笹岡さんとのいろいろなしがらみがあって。(笑)
商売から外れたところでというのが、金の問題があるのはわかっていて棚上げしようということが分かったので。今日来たのも、和歌山県立近代美術館学芸員としてというよりも個人として応援しに来たんです。


芸術家が芸術で金儲けして何が悪い

奥村:さっき、日本の社会に於ける芸術家の地位について、フランスに於ける芸術家のように胸を張って生きられないのはなんてことだ、という明治以来の愚痴について話しまた。同時に、芸術家には金に拘ってはならないという強迫観念が、これまた明治以来ずっとある。芸術的な価値とは金銭的な価値を超越するもので、芸術家は金のことに、生活のことに気を煩わせてはいけない、私たちは超越的な価値に関わっているんだから。そう思おうとしても腹が減るから無理なんですけど。(笑) でもたまにいるんですね、作品を売るのは芸術家として恥ずべき事であるというわけで、作ったやつを売らずに暮らせた人が何人かいたんです。親の遺産を食いつぶしたんですけど(爆)。あるいは、有力なパトロンがいたり。でもいまは、それはほとんど考えられない。その代わりに企業メセナがあったりする。
 こういう、芸術家の経済的な自立の問題はときどき話題になる。そんなことは考えてはならないっていう強い思いこみがあって。例えば、1970年代に吹田で、万博がありました。これは時の政府が安保条約改定への批判をかわすために催して、「未来はこっちやぞー」と人の目をそちらへ向けるためやったという批判があったわけですけど。その一方で、大きなお金が動いて、いっぱいアーティストが参加して、実際に裕福になった芸術家もいるわけなんです。裕福になったアーティストは参加しなかったアーティストから、「あいつらなんや」という批判を受ける。 そのあと、「芸術家の自立とはなにか?」っていう対談が美術手帖なんかに載っている。 それを見てると、芸術家が芸術で金儲けして何が悪いねん!っていう発言がないから、グチャグチャと理念的に哲学的に話が進む。「金もうて何が悪いねん!」っておまえらなんでゆえへんねんて思いますね。
 CASとしては、金の問題は常にあると分かった上で活動していくのだから、金の問題は当たり前のことやから、棚上げにしとたらいいんやないのかなあと。やりようとしては、言い切るというのは正しいなあと思います。

笹岡:それを言い切ると身が軽くなる。それをしがらみといってるんですが。


作品の売買あってのアート・シーン?

福岡:田上さん、何か?

田上:笹岡さんは、しがらみを避けるために棚上げしたとおっしゃった。奥村さんは、当たり前のこととして認識しながら棚上げにした。すごい食い違っているように聞こえるんですが。

笹岡:じゃなくって、お金のことを考えるのがしがらみになる。また考えたところで儲かってないのも当たり前。

田上:お金のことを考えなくてはいけないという意識はあって、あえて考えないということではない?

笹岡:ちがいますよ。お金のことを表現とは切り離して考えようということです。

田上:とりあえず、儲からないのは当たり前のことだからがまんする。それはどうも食い違っているんですよ、やっぱり。
奥村さんの認識されていることを、CASとしては見ないようにしよう。しがらみにはかかわらないでやっていこう。 そうすること自体が、さっきおっしゃったアーティスト・イン・レジデンスとかで出会ったアーティストとか、そういったアートが生まれてくることを阻害することになるんじゃないですか。
 生活の中にアートが入ってくるというのは、アーティストがどっかからやって来るということもそうですよね。 それはボランティアの方はみんな少しづつ身銭を切ってやっていることなんですよ。

笹岡:僕がお金のことを言っているのはもちろんそこらへんの事を指して言っているのではない。 お金は絶対要るわけですよ。お金がゼロでは絶対できない。そうじゃなくって作品の売買のことを言っているんです。

田上:作品の売買という部分だけに対してなぜそんなに神経質になるんでしょう? 売買だけがすべてだと誰も言っていないし、こういう場において作品売買がしがらみを招くと発言する作家の意図がわからないです。CASで作品売買はしないことの理由のひとつとしてしがらみ云々を持ち出されることは非常に残念です。 儲からないという決めつけにも同様にそう感じます。 じゃあ儲かればいいのかという問題ではないのですから。 「しがらみ」とおっしゃったけれど、その作品売買を通じてできる人間関係についてもっと考えてはどうでしょう? それすら棚上げするのなら、私はとても場違いな所にいることを感じます。

笹岡:ちがいますよ。そういう風に決めつけること自体が、僕はヨーロッパの美術っていうものの制度のありかたを鵜呑みにしていると思う。それはアートシーン、すなわち社会的な制度の話でしょ。そうじゃなくって、美術っていうのは根元的に、自分たちが観たい観せたいっていう欲求がそれ以前の問題としてあって、そこだけでもできるんじゃないかと。それは、作品を売る事っていうこととはもっと違う方向があるかも知れないということでもあるんです。誤解しないで欲しいのは、CASは画廊じゃない。ただ、画廊でないという言い方がわかりにくいから、売買をしないと言っているんです。ここは美術を見せるためのひとつの方法だということです。


作品の売買を通じて獲得する社会性

田上:方向としては色々あって当然ですよ。ほんの一部の西洋から借りてきたのがアートではなくて、もっといろんな事を含んだことがアートなんですよね。 それはものすごく様々なものとリンクしているし、そのひとつが生活だったりする。だからその誰かの生活にリンクするためにお金が関わることだってあるわけです。 笹岡さんはアマチュアリズム信仰でおっしゃっているのではないと信じて言いますけど、借り物の社会的制度ではなく、大切な表現なのだから本当に観たい、観せたいという欲求から発生する社会性を私は重要だと言っているんです。
 そのひとつの場として私はギャラリーを運営しています。 作家からお金を取る吸い上げ式のギャラリーじゃなく、いわゆるレンタルスペースでないことがなぜか特殊なギャラリーと見られることもあるようですが、それが私なりに本来の姿だと思ってやっています。 私の場合、他の空間や機関に対しての企画やコーディネイトの仕事もしているわけですが、作家の表現は当然ながら美術館、ギャラリー、ギャラリスト、そしてアートに関与する人々の数だけ方法やベクトルがあって各々が社会の中に存在しているわけです。 CASだってそのひとつとして存在しているのならそういう意識を感じて、ある種発言に責任を持って欲しいと思います。
ギャラリーはアートというものを何かの形で繋げていくひとつのツールなんですよ。だからこそ視点がないとやっていけない。ここでムキになるつもりはないですが、そのツールを動かす一人として発言させていただいたまでです。

笹岡:いやいや、画廊のことを否定しているわけではなくって。

奥村:むしろ私がさっき話した中で、お金が必要だっていう話と、作品を売る話を混同していたのが悪かったんだと思うんです。CASでは作品の売買を致しません、というのはお金がかかるのは分かった上で棚上げしている。そしてもう一ついくと、作品の売買によってアートシーンを運営するのが当然っていう考えを棚上げしようというのがあると思う。


消費されるアート

福岡:造る側からして、作品が消費されて行くというのはどうですか?

笹岡:作品が売買されるというのは価値付けされているわけで、厳密には消費じゃないと思うんです。 僕は逆に今の状態が消費されていると思うんですよ。欧米並のアートシーンで、マーケットの中で動いていくというのがあれば良いんですけど、今はほとんど無い状態。その中で展覧会だけはずっと回っている。コマーシャル画商なんかは自分なりの考えでペースを作ってやってらっしゃるけども、貸画廊なんてのはほとんど毎週毎週ちがいますよね。関西と東京で毎週どのくらいの展覧会が行われているのか、考えたら気が遠くなる。何点作品があるのかなんて考えたくもないってかんじ。では果たしてそのことがどういうことなのかが検証されてないですよ。
 この感じってのは、例えば「スナップ写真」があるじゃないですか、で、ゲルハルト・リヒター(注8)が写真について言ってるんですけど、写真ってのは何かっていったらそれはピクチャー、絵なわけですよね、もともと。昔の写真が無い頃の絵画の役割がある。そしてアートとしての写真の役割がある。じゃあ、一方で自分の子供を写真に撮ったとして、果たしてそれがアートでないのか?といったらそれもアートなわけでしょう。そこには色々な情報や表現がつまってるわけです。で、リヒターは、それらをアートだと思ったときに、目眩がするというようなことを言っている。それらをアートだと思わないから問題にならないんですが、実際にはどこかで、アートであることを問われなければならないんじゃないか。それらは売れたから優れていたり、お金にならないからアートとして優れていないわけではない。ということなんです。


お金になるかどうかではなく

田上:私の仕事の苦労として、笹岡さんのおっしゃる作品としては良くてもお金にならないとか、 まだ無名であるとかというアートに関する企画に協力してくれる所が少ないということが大いにあります。 公立の美術館ですら、いや、公立の美術館こそがそうっだったりするのではないでしょうか?

奥村:作品の売買とか、お金じゃなく価値を認めていく、実は美術館というのはそういうところなんですね、本来は。でも美術館って本当にそういうふうに設立されて運営されてやってきているのかというと実はそうではない。県立、公立の美術館で、日本では公立の公とは何かというと公的資金の公、つまり税金なんですよ。さきほども申し上げたんですが、税金を集めてそれを分配する発想で美術館を作って運営している。じゃあ、コンセンサスをとってやっているのかというと、公立はなんにせよ議会から何から厳密な組織があって議論を経た上でやっている。でも実際、作品を作っている人とか僕らの生活とかとリンクしているのかなあと。本当の意味での、コンセンサスっていうのがあった上でやっているのかというと非常に危ういのではないかという気がするわけです。


現実に運営するお金は

田上:CASは社会や経済からわざわざ逸脱するような活動を目指してるんでしょうか? 誰かが何かをしようとしたら当然お金が動くということ図式は認めないのですか?

笹岡:それを認めないわけじゃなくって、うちはノンプロフィットで作品は売買しないといっているだけです。

田上:先にも言いましたが、作品を売らないということに対しては問題無いんですけど ね。でも経費などの現実問題はどうなっているんですか?

笹岡:それはカンパで。もちろん芸術振興基金に申請出すとか色々な助成を仰ぐとかやっていきますけども。基本的にここはギャラリーではない。単にそれだけのことです。あくまでも、ギャラリーではなくて、美術のあり方を作る場であるという事です。だからここの場を運営するお金どうこうという発想自体が基本的にはないんです。それはスペースではないから。

奥村:そこまで言い切らなかったらねえ。美術のあり方を作る場であるというのは、今後ありうべき美術館のありようを模索するうえでの、ひとつのモデルにかなり近いと思います。


カンパ制について

中前さん 福岡:会場から何か。

中前:カンパっていうのは分かり難いね。

笹岡:だから、それに対して賛同する人が出す。

中前:今日も、ここにカンパって書いてあったから、いくら払ったらいいのかなと。

笹岡:いや、10円でも100万円でも(笑)。だからそれはあくまでも個人の意志ですよ。

中前:その純粋なやり方はわかるけど、例えば「1000円出して下さい」っていわれたほうが出しやすいと思うけどね。
笹岡:具体的な方法ね。それは、これから考えなきゃいけない問題ですね。


CASはスペースだけじゃない

中前:それと、「スペースの問題じゃない」という話があった。何かをここで行うからこの場を設定しているんでしょうけれども、別にここだけじゃなくても良いわけでしょう?

笹岡:そうです。

中前:その運営自体を見れば、CASというのはいろんな人たちが関わって流動的に動いていくという組織、あるいはなにかそういうもんなんでしょうね。 でも言い出した人はいるわけで、その人がここにいるから聞いてみるんだけれども、なにか方向性は考えていないわけじゃないんでしょ。

笹岡:方向はあるでしょう。例えば、単純にいえばキュレーションを頼むにしてもどういう人に頼むか、に絡んで指向性があるだろうし。選ばれた作家も必然的にここらしい作家になるということがあり得ると思う。
 CASで考えようとしているやり方みたいなものが、分かり易くなってくれば、僕たちがやらなくってもあちこちでCASみたいなものができてくると思うんです。それは別にここじゃなくて構わないし、そこらへんでも、道ばたでも構わないだろうし、いろんなやり方があると思う。
 このスペースがあるのは、とりあえずこういう形にしないと、そのこと自体分かりにくいからで。僕が思っているのは、いま言ったそういう思考方法としてのCAS、一つの思想のようなものなんです。

中前:笹岡さんが、色々考えて、色々考えて我慢できなかったものがこうなったんではないかなぁと。隙間みたいな部分でしょう。いまの美術の制度が色々でてきた中で、表現者からの発想ですよね。面白くなったら良いなあとは思ってますけども。

笹岡:短命だという噂もありますが。(爆)これを始めることで、その芽みたいなものができてくれば良いと思っています。たとえばボランティアによる運営というのは今まではなかったんじゃないかな?


作家主導の運動との違いは

中前:基本的に、作家同士がキュレーターを介さずに何か企画をやったりはいままでありましたよね。グループみたいなのもあったりしたけど。そういうのとはまた違う?

笹岡:作家が自主的に展覧会をやろう、自分たちで展示できる場を作ろうというのとはまったく違いますね。 僕は一切作家を選ぶことには介在してないし、キュレーター選ぶのには介在してますが・・。そういう意味でも、作家が集まってどうこうというのとは全然違う。今の日本の状態では作家だけが集まって企画をするとクオリティを維持できないと思うんです。そういうものを沢山見てきたけど、僕が感心した展覧会はほとんど見たことが無い。そのことには色んな原因があるんだろうけど。
 べつに、画廊や美術館に不満があってこういうことをやろうというんではないんですよ。幸いにして僕自身を扱ってくれてる画廊もあるし、美術館の方々とも交流もあるし。ただなにか「ちがうなあ」という違和感だけで始めたら、どんどん「俺はえらいこと始めたんちゃうかってことになった。」CAS自体がここまで美術の潜在的な問題を持っていたとは・・・。


日本におけるオルタナティブ ―対抗すべき本流はあったのか

笹岡:さっき、美術館の成立っていう話がありましたよね。で、一方で、美術作家がどこに場を求めるかという単純な歴史があるんです。
 CASを一番最初に立ちあげるときにみんなで議論したなかに、CASをどういう言い方にしようかっていうのがあったんです。オルタナティブ・スペースという言い方をするのか、ノンプロフィット・スペースというのか。
 オルタナティブっていうのは、70年代にアメリカで作家が美術館に対抗するために作ったんです。美術館中心主義で価値が決められていくことに対して、もっと自分たちで自主的に発表する場をつくろうという動きがでてきた。オルタナティブっていうのは、「もう一つの」っていう意味でしょう。一つの美術館を中心とした流れがあって、それに対して、もう一つは俺たちが作るっていうもの。例えばドイツの緑の党とか。ヌーディスト運動もオルタナティブ。
 じゃあ、CASをオルタナティブだとして、逆に、もとあった道は何だろう?CASが「もう一つの」道とすれば、あと一つもとの道があるっていうことだ。でも、ホントにあるのだろうか?


アンデパンダン展以降のアート・シーン

笹岡:僕はデビューが早くて二十歳くらいから、70年代半ばの、京都アンデパンダン展の最後くらいから美術に関わってきてるんです。そうして考えてみると、美術館は当時何してたかっていうと、大したことしてなかった。それほど数もなかったし。たいがいの美術館は、公募展をやってる。そして、たまに印象派展とかルノアール展とかやってる。で、ほとんど奇跡的なくらいまれに現代美術をやり始めた。
 その頃アーティストは何をやっていたかというと、反・美術館というのはあんまり無かったんです。どっちかというと反・公募展、反・日展。それはちがうだろうということで、アンデパンダン展を中心とした無審査の、作家が作家を評価するというのではないものをやった。アンデパンダンのルーツはフランスでサロンに対抗した印象派展ですね。
 で、作家の方は、時代的な雰囲気もあるんですけども、どんどん過激になっていくわけですよ。ヨシダミノル(注9)さんの奥さんがアンデパンダンの会期中に出産するということをやった。それぐらいのところにまで行くわけです。そういううちに、そんな展覧会が内部崩壊してくる。それは、美術館に対抗する戦いの中で内部崩壊したのではなくて、むしろそれは一つの場だと自分たちは思っていて、どんどんエスカレートして壊れてしまった。
 一方で貸画廊ができてた。その頃はコマーシャル画廊は現代美術を扱わないですから、自分たちが個展をして発表しようとすると貸画廊しかない。京都だったらギャラリー16とかマロニエ、大阪だったら信濃橋画廊、東京だったらルナミ画廊とか村松画廊あたりしかなかったわけですよ。そんなところで自分たちでお金を出して何らかの形でやって行くことで、取り合えずアーティストとしての身ぶりができる。そういうところから現代美術が始まった。
 気がついたら日本も景気が良くなってきて、だんだんコマーシャル画廊も現代美術を扱ってくれるのがでてきて、美術館も現代美術の展覧会をどんどんやってくれるようになった。作品を観せるという需要はどんどん増えてきた。それに乗っかっていれば自分たちは美術作家として見られるわけです。


この空洞化をどう埋める?

福岡:それが現在は停滞してますよね。

笹岡:今は停滞してるんではなくて、空洞化してるんです。ずっと。
 話を戻すと、ヨーロッパのオルタナティブっていうのは、一方で美術館中心とした美術マーケットがあってそれに「そんなんちがうやろ」って戦う相手がいた。戦うために前衛という人たちが出てきた。前衛とは何かというと、現在に対してどう自分が向かい合って行くかの態度表明なわけです。でもずっと日本は、その前衛でさえも態度表明ができずにやってきたわけです。つまり、誰に対して前衛してきたのかわからない。けど、前衛というのはやっぱりある。で、爆発しちゃったわけですよね。そうして現在まで来た。どうやら外堀だけは立派なものができたんですけども、中はどんどん空洞化していった。
 この状況は個々の作品のクオリティーを上げようとか、マーケットを作ろうとかしても、何をしようが埋まらないというのが実際です。それならここCASの責任としては、それを埋めるためのもう一つの何か他の手段があるんじゃないか。あるいは、もう一度「美術」という概念に立ち返らないといけないんじゃないか。そういうことに対する一つのきっかけにならないか。というのが、僕がCASについて考えていることです。

奥村:ヨーロッパで美術館という権威があってそれに対して前衛がどんどん噛みついていって、こっちが正しいと主張することでやっていけた。それが80年代くらいにはヨーロッパでもアメリカでも回らなくなってきて、前衛というのが終わった。空回りを始めたといえば全世界的にも空回りを始めてはいるんです。

笹岡:日本でも状況が似てるから同じやと錯覚してるだけで、実際におきていることは全然違うんじゃないかと思う。

奥村:うんそれはあると思う。
まあ、講演会のタイトルに戻ってきたところがあるような気がしますけども・・・。

福岡さん 福岡:やっと、対談らしくなってきたころですが、お酒も用意していますので、この後はバー・タイムで自由発言ということで。

笹岡:こちらもカンパですので皆さんこれはいくらっていう感じで、自己責任でやって下さい。(笑)

福岡:ではこれで終わりたいと思います。(会場拍手)

注釈

  1. ヘット・アポロハウス 1987年ごろからオランダのアイントホーヘン市の援助を受け主に実験的芸術活動の拠点として活動。アーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)の形態の草分け的存在。1995-96年、東京のギャラリー・サージとの共同企画 日蘭現代美術交流展をアーティスト・イン・レジデンス形式で開催。1997年、市からの援助打ち切りとともにその活動を停止。
  2. ハーミット・プロジェクト  チェコの町プラシの修道院跡で1992年以来アーティスト・イン・レジデンスが続けられている。1997年は日本より9人というまとまったアーティストが滞在制作した。
  3. ウィーン万国博覧会  日本が初めて万国博覧会に参加したのは幕末の1867年パリ万博であるが、 新政府としては1873年のウィーン万国博覧会が最初となる。 その前年の1872年(明治5年)全国から珍品宝物を集め、 ウィーン万博の予行演習とも言うべき我国初の博覧会を開催。 その出品物の管理を司る「文部省博物館」を設置した。 現在の東京国立博物館の前身である
  4. 南方熊楠(みなかた=くまぐす・1867-1941)  和歌山市出身の民俗学・博物学者。米国を経て英国に渡り活躍。大英博物館の嘱託も務めた。
  5. Colin Wilson (コリン=ウィルソン・1931-) 英国の作家・批評家。家は裕福でなく高等教育も受けられなかった。夜は野宿をしながら昼間は大英博物館で著作に励んだという。
  6. 椹木野衣(さわらぎ=のい)  美術評論家・キュレーター。最近の著書に『日本・現代・美術』(新潮社・1998年)など
  7. 赤瀬川原平と模型千円札事件  1963年、赤瀬川原平は千円札を畳大に拡大模写した作品を発表。 案内状として原寸大の千円札を表面のみ印刷したものを現金書留の封筒に入れて送る。 通貨及証券模造取締法違反に問われ有罪判決を受けた。
  8. Gerhard Richter(ゲルハルト=リヒター・1932-)  ドイツの美術家。写真をもとにした絵画を描いた。
  9. ヨシダミノル(1935-)  1980年代の京都アンデパンダン展を中心に活躍。 展覧会場にテントを張り家族と共に生活するということをパフォーマンス作品として出品した。

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